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思う感じる考える

思考・感想・考察のいずれか

負けて銀、勝って銅の世界観について

 

第31回オリンピック競技大会、通称リオデジャネイロオリンピックが開催されています。

 

 

以下リオ五輪としますが、日本の選手たちが日々獲得するメダルに日本中歓喜に包まれています。

 

 

今大会では「史上初のメダル」が多く、快挙達成みたいな印象を受けますが、中には金メダルを期待されつつも、銀メダル、銅メダルとなった選手もいます。

 

 

そして、某番組を見ていた時に、「勝って銅、負けて銀」というキーワードを目にしました。

 

 

これはトーナメント戦で起こる現象だと思いますが、銀メダルというのは、決勝で負けて、手に入れるメダルの色、銅メダルは、3位決定戦で勝って手に入れるメダルの色なわけです。

 

銅メダルの場合は、勝てばメダル、負ければなにもなしという状況で戦いますから、勝った時に嬉しさはやはり強いことでしょう。

 

しかし、銀メダルの場合は、誰だって決勝に出場したら金を目指し勝ちにいきます。その中で負けたら、たとえ銀メダルだとしても悔しさが前面に出てくることでしょう。

 

要は最後の勝ち負けによって悔しさが前に出たり、嬉しさが前に出たりとするわけです。

 

 

と、そんなことを思いつつ、ある本を読んでいたらメダルについての調査が書いてあったので、まずは引用します。

 

 

 ときには、客観的には高い目標を達成したように見えても、主観的には決して満足していない場合もある。銀メダルを取るのと銅メダルを取るのではどちらが幸せかと尋ねられたら、あなたなら何と答えるだろうか?(中略)1992年のバルセロナ夏季オリンピック大会で、メダルを取った直後の選手たちの反応を観察し、苦悩を1、歓喜を10とした10段階で評価するという調査が行われた。その結果を見ると、銀メダリストより銅メダリストのほうが幸せであることがうかがわれた。(中略)もちろん、銅メダリストが銀メダリストよりも長期にわたって幸福であるかどうかは、いまだ答えが出ていない。

出典:幸せな選択、不幸な選択――行動科学で最高の人生をデザインする

 

 

 最後の、長期にわたって幸福であるかどうかという観点も気になるところですが、今大会でも、銀メダルを獲得し、「申し訳ない」と言う選手がいる一方で、銅メダルを獲得して「なんとかメダルを獲得できてうれしいです」と語る選手もいました。

 

 

たとえ負けて銀だとしても、銀メダルは輝かしい功績です。銅メダルもしかり。

確かに金を手に入れる場所に立っていたのに、銀だった場合の悔しさは強いと思います。それでも世界で2番目という素晴らしい結果に、もっと喜んでほしいと思ったりします。

 

 

そしてふと私はあの議員のあの言葉を思い出すのでした。

 

 

 

 

 

 

 

http://livedoor.blogimg.jp/the_radical_right/imgs/2/3/23d1618f.jpg?cac7d3fb

出典:せと弘幸BLOG『日本よ何処へ』:仕分け女の「2位じゃ駄目なんですか?」

 

 おしまい。