思う感じる考える

思考・感想・考察のいずれか

ブログの〆切

趣味でブログをやっている方々には〆切はないだろう。私も書きたいことが思いついたときにしかこのブログを開かないし、それこそ書けないなと思ったら下書きにして保存したり、もしくは没にする。下書きに保存して、あくる日に続きが書けたらなと思うのだけど、そんなあくる日が来ることは9割なくて、ただただ下書き保存が増えていく日々である。いま見た感じだと10件以上は下書き保存した記事がある。この下書きの記事が世に出ることはあるんだろうか。いや、ないだろう。

 

こんな本を見かけた。タイトルは「〆切本」。明治から今までの作家さん方の〆切にまつわる日記、手記、エッセイなどを一つにまとめた本。この本の装丁には「どうしてもかけぬ。文芸春秋社へ行く。」「拝啓 〆切に遅れそうです」と書いてあり、作家たちがどう〆切をとらえていたのか興味がそそられる。

 

手にとったのはいいのだけど、分厚くて読むのがだるい。というかそんなに小説とか読まない私にとって、作家の名前が載っているのだけど、この人だれ?でしかない。知っている名前もある。夏目漱石江戸川乱歩谷崎潤一郎太宰治西加奈子村上春樹森博嗣外山滋比古などである。逆にまったく見たこともない名前もある。もしかしたらこの記事を読んでいる人は知っているかもしれないから、少し紹介しておく。田山花袋泉鏡花、吉川ロッパ、吉田健一井上ひさし岡崎京子川本三郎などである。

 

さて、少し本の内容を引用してみようと思う。吉川英治が河上英一という人に送った手紙。河上さんは編集者だろうか。

 河上君 今日 じつは自分が社に伺ふか 又は晋でも頼まうか いろいろここ数日間 考へてゐるのだけれど 手紙にしました 手紙でないと 君には 面とむかふといつもなかなか云い切れないものだから・・・

 小説

 どうしても書けない 君の多年に亙る誠意と 個人的なぼくのべんたつやら 何やら あらゆる行為に対しては おわびすべき辞がないけれど かんにんしてくれ給へ どうしても書けないんだ 

 どうしても書けない。そしてまたどうしても書けないんだと繰り返す吉川。いつの時代も〆切に追われる人はいるものだなと思う。近頃はメール、電話、それこそLINEという便利な通信手段がたくさん存在する。今の時代に生きていたならば、メールでどうしても書けませんといった日には編集者が電車にのってすぐやってくるかもしれないね。

 

この記事には〆切がない。だからここまで書いたけどやっぱり公開するのやめようと言っても何一つ問題がない。そうして下書きに逃げてたまっていく中身のない記事たち。そう考えると〆切によって作家たちは名作を出すことができたのかもしれない。まあ生きるためってのもあるとは思うのだけど、でも〆切があるからこそ人は頑張れるものである。

 

ブログの記事にもまた〆切を設けてみようかなと思ってみたけれど、それを管理するのは自分なので〆切なんてあってないようなもんだね、やっぱり。